フォトアルバム

2010年3月

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

賛同リンク

  • 180_150marketingis2
  • 生命保険

Twitter Update (shu103)

最近のトラックバック

最近読んだ本

« 2009年5月 | メイン | 2009年8月 »

[イベント] ライブラリートーク:雑誌『中央公論』編集長が語る”今”の読み方

 昨晩はアカデミーヒルズ六本木ライブラリーで、ライブラリートークを聞いてきました。「時局を読み解く-雑誌『中央公論』編集長が語る”今”の読み方」というタイトルで、中央公論編集長の間宮淳さんと若手編集部員の井上さんによるお話をうかがいました。

 総合月刊誌と呼ばれる、いわゆる論壇ジャーナリズムを支えてきた雑誌が相次いで休刊となり、一見その役目を終えつつあるようにも見える中、果敢にも定価を100円上げてリニューアルを行うという挑戦に出た『中央公論』の目指すところを語ってくださいました。

 雑誌媒体そのものは、90年代半ばまでは過剰生産の時代だったのだそうです。ですからその当時に比べて部数が落ち込むのは必然で、逆に言えば今現在の読者はコアなファンであるとも言えるようです。ある意味それは正しいと思いますが、そうしたコアな読者だけでは諸コストの高騰などもあり、雑誌を支えていくことができなくなっているのが現状ではないでしょうか。

 総合月刊誌と言って、最初に思い浮かぶのは『文芸春秋』だと思いますが、文春は若干特殊な雑誌ですね。総合月刊誌のコンテンツといえば、論文、文芸作品、コラムといったものがバランスよく掲載されているという印象ですが、そうしたコンテンツ自体の魅力は世の移り変わりとともに下がってきている中で、文春だけはその読者であることそのものがある種のステイタスになっていました。なんか文春を読んでいる人というのは、ちょっとハイブロウな文化人というか、企業の経営者とかでも、成り上がり者ではないオーセンティックな雰囲気をかもし出すには、とても都合の良い小道具であったようにも思います。その証拠に、古い企業の社長室とかに行くと、よく書棚に文芸春秋が並んでいたりしますよね。それに比べると『中央公論』は中身で勝負してきたように思いますが、最近はその中身が新しい読者には響かなくなってきているのではないかと感じます。

 今回のリニューアルでは、カラーページを増やし紙質を上げて読みやすくしたりという工夫のほかに、単に現代の問題に対する評論を掲載するのみならず、近未来シミュレーション的なコンテンツを連載して行こうとの試みを取り入れたそうです。そうして、30~50代の現役世代の読者を取り込んで行くという方針なのだそうです。

 さて、詳細についてはオフレコ話もあってあまり触れられないのですが、まあ百聞は一見にしかずということで、『中央公論』リニューアル最初の号(7月号)を買ってみました・・・とここまで書いて、この先はどうしても筆が鈍るのです。
 というのも『中央公論』7月号を手にしてその目次を開いてみたとき、正直に言って読みたいと思う記事がひとつもなかったのです。間宮編集長(私と同年代ですが)は、30~50代の現役世代の読者を取り込みたいと言っていましたが、実際私自身は完全にアウト・オブ・ターゲットだと感じたのです。アラフィフの自分がターゲットになっていない(読みたい記事がない)雑誌を30~40代の人たちが買うわけないでしょ、というのが率直な感想ですね。

 で、その理由を考えてみました。実は、書かれている記事のトピックそのものに興味がないのかというと、そういうわけではありません。政治・経済・文化といったことに関心がないのではなく、そこに書かれた文章を読みたくならないのです。つまり、どんなトピックを取り上げているかではなく、誰が執筆しているかが私にとって問題でした。今号の執筆陣を見ても、平野啓一郎さんを除けば若手と言える層が50代です。これでは執筆陣と現役世代の読者との間に、なかなか「共感」は生まれないのではないでしょうか。「ジジイが書いた小難しい記事を金払って読むわけねぇだろ。」というのが彼らの正直な気持ちだと思います。

 実は私自身は、週刊誌・月刊誌問わず総合誌的なものを昔からほとんど読まないので(読んでいた記憶があるのは『朝日ジャーナル』と『FOCUS』くらいかな)、あまり一般の読者としては参考にならないのかもしれませんが、『中央公論』の900円という価格設定はどうかなと思います。新書一冊買っておつりが来る値段ですから、雑誌買うなら書籍のほうがいいかなって感じです。月刊誌は週刊誌のニュース性と書籍のまとめ、論文的な内容の中間的な部分を埋める存在だと、間宮さんはおっしゃっていましたが、逆に言えば中途半端なんでしょうね。

 まあ、古い人たちは日本の論壇は死につつあるとか、若い論客が育っていないとか言うけれど、それは印刷メディア上に限った話でしかないのだと思うのです。たとえば『中央公論』の読者層というのはインターネットのヘビーユーザとは思えないし、こうした雑誌が貴重な情報源になっていると思うのですが、そういうメディアにしか接触していなければ情報は偏ってしまって、今若い人たちがネット上でどういう議論をしているのかということを知る由もないわけですよ。例えばそうしたネット上での議論やネット論客のような人の発言を、積極的に雑誌の記事として掲載することは、ある意味編集者の責務であるように思うのです。逆にこうした論壇ジャーナリズムの中で生きている論客の方々も、紙媒体に執筆するだけではなく積極的にネット上で発言すべきではないかと思うのです。

 結局、紙媒体を主たる情報源としている世代と、インターネットを主たる情報源としている世代それぞれの中で、閉じられた情報空間ができてしまっている状況が問題なのだと思います。その別々の情報空間を「つなぐ」ことができなければ、ジェネレーション・ギャップはずっと埋まらないままです。このままでは、紙媒体にしか寄稿しない「プロ」の論客は食えなくなっていくでしょうし、雑誌がネット世代の読者をつかむこともできなくなっていくでしょう。
 紙媒体にもネットにも書ける執筆者をいろんな世代から集めて、世代間を上手に「つなぐ」ようにそれらの記事を編集していくことが、今後の総合雑誌編集者に求められるのだと思います。

[コラム] リテラシーの世代間格差

 今回の話はリテラシーの世代間格差についてです。いわゆるジェネレーションギャップがどうして生まれるのかということにつながるのですが、それはたぶん、世代間でのコミュニケーションにかかわるリテラシーの格差があるからではないかと思います。

 最近の20代~30代前半くらいの人を見ていると、ITと外国語(英語)のリテラシーは総じて高いように思います。ビジネスにおいても、多くのやりとりは電子メールを通じて行い、臆することなく外国人と外国語で交流することができる人たちが増えているのです。対して中高年の世代は、こうした面でのリテラシーは一般的にあまり高いとは言えないと思います。

 しかし、考えてみればパソコンが職場や家庭に普及し始めてまだ20年くらいのものですし、インターネットの普及というのもここ10年くらいのことでしかないのです。情報のグローバル化についても、インターネットの普及に負うところが大きいわけで、そういう意味ではこの10年くらいの間に社会に出た20代~30代前半くらいの人たちというのは、最初からそうした環境にさらされていたのですから、ITと外国語のリテラシーは社会人として必須のものだったわけです。そうした世代の人たちから見れば、電子メールを使えないとか簡単な英語でのコミュニケーションもできないとか、増してキーボードから文字入力できないとかいうのは「ありえな~い」と思うのは当然です。

 最近のtwitterのつぶやきに、こんなものがありました。(そもそもtwitterを知らない人がいたら、この世代からは完全に置いていかれています)

 「上の世代のITリテラシーの低さにはデジタルネイティブとしても閉口させられる。どうやってボトムアップを図っていけばいいのかよく分からない。そもそも関与すべきかどうなのかも。」(20代男性)

 もう、見捨てられてしまってますね(笑)。こうして見ると梅田望夫氏が、上の世代に対して「勝手にキャッチアップしてくれ」みたいな諦めとも言えるような発言をすることも、ある意味理解できます。

 もう少し上の30代になると、テクノロジー信仰的なものにある種疑問を持つような発言も出てきます。

 「場所を通じた世代を越えるコミュニケーションを行うとき、WEBの果たすことができる役割は?WEBだけでは機能しないことは?」(30代男性)

 さて、ここまで読まれて「いったいおまえは何が言いたいんだ。中高年はITと外国語のリテラシーが低いからダメだ、もっと勉強しろってことか。」などと思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、そうではありません。つまり世代によって持っているリテラシーが違うのだから、お互いに歩み寄らなければコミュニケーションが成立しないのだということです。

 簡単に言ってしまうと、情報インフラの発達の段階によって、その時代に求められる情報リテラシーというのは違うということです。ワープロも携帯電話も、ましてインターネットもなかった時代においては、空間と時間を共有する場におけるコミュニケーションが主流であったわけですし、文字よりも会話が重要だったわけです。若い人たちの間で「KY」という言葉が流行ったのも、そのようにリアルの空間で場の空気を読むということに慣れていないからかもしれません。

 それほど単純ではないと思いますが、「ヴァーチャルな場におけるコミュニケーションに強い若年層」と「リアルな場におけるコミュニケーションに強い中高年層」というような切り分けもできるかもしれません。若年層からしてみれば「インターネットを使いこなせない。メールの返信が遅い。」などと中高年層のことを思っているでしょうし、逆に中高年層は「漢字に弱い。敬語が使えない。場の空気を読めない。」若年層と思っているかもしれません。

 情報インフラの発達の段階によるという観点から言うと、情報量の多寡とアクセスのしやすさということにも関係してきます。私が思うには、書籍など活字情報を読むか直接人に会って話を聞くしか情報にアクセスできなかった時代には、前号で書いた「情報の受け手」としてのリテラシーが重要だったのではないでしょうか。インターネットを使いこなし「情報の送り手」としてのリテラシーは若い世代のほうが確実に優れていると思うのですが、逆に受け手としては中高年世代のほうが優れているかもしれません。

 そうであるならば、中高年世代が若い世代の発言に積極的に耳を貸し、それに対してなんらかのリアクションをするというコミュニケーションが、いちばんスムーズに行くのかなとも思います。私としてはもっと中高年世代に「発信」をしてもらいたいのですが、それが苦痛であるならばせめて「受け手」としてのリテラシーを生かしてもらえればうれしいと思います。

 長くなりますが、もうひとつだけ。今のような情報インフラが整う以前は、なかなか「今」を知る情報にアクセスすることができなかったわけです。活字になった書籍であったり、そうした情報は「過去」の情報です。ですが現在ではかなりリアルタイムに近い情報をインターネットで入手することができます。実はこのことが、日本の産業文化を大きく変えたのではないかという仮説を私は持っています。今の若い世代の人たちが求める情報は主として「今」の情報です。そして最先端のテクノロジーに乗っていくことがとても上手です。しかし、過去の情報、言い換えれば何百年、何千年の間受け継がれてきた先人たちの知恵のようなものを学び、生かすことがあまり上手ではないと思うのです。

 イノベーションとは新たに無から有を生み出すことではなく、既にある知恵の組み合わせによって生まれる、とはよく言われることですが、日本の産業文化における「ものづくり」(私はこの言葉は好きではないのですが、他によい言葉が浮かばないので使います)の伝統は、そうした先人たちの知恵を上手に組み直して新しいものをつくる(それがサルまねと言われようとも)ところにあったのではないでしょうか。いわゆる先端技術開発では、やはり資本力のある
米国企業に一歩リードを許さざるを得ない状況にあるわけで、これからの日本のベンチャー企業などがそこを舞台に勝負できるのかという点で、若干の不安を感じないわけにはいきません。

 とまあ、長くなってしまいましたが、若い世代の人たちには「今」に加えて、もう少し「過去=先人の知恵」を学んでもらえたら幅が広がるのではないかと思いますし、中高年世代は逆にもう少し若い世代の「今」の声に耳を傾けてみると、互いのコラボレーションで素晴らしい未来が生まれるのではないでしょうか。

[イベント] ライブラリートーク:天空を視る・歴史を辿る・宇宙に遊ぶ

 今夜はアカデミーヒルズ六本木ライブラリーで、ライブラリートークを聞いてきました。「天空を視る・歴史を辿る・宇宙に遊ぶ」と題して、科学ジャーナリストの青木満さんがお話してくださいました。ファシリテーターはエムシープランニングの薄羽美江さんで、いろいろ面白い内容をひきだしていただき、久しぶりに夢のある楽しいライブラリートークでした。

 お話の内容は3部構成で、

  1. アポロ月面着陸40周年と「かぐや」の月探査物語
  2. 天球のルネサンスス―人類の宇宙観はどのような道を歩んできたのか―
  3. 今世紀最長の皆既日食を狙い撃て!

ということで「月」「宇宙観の歴史」「皆既日食」と世界天文年でもある今年にふさわしい内容を、さまざまな裏話も含めて楽しく聞かせていただきました。高校時代地学部に所属していて、もともと天文・宇宙には興味があった私には、すごく興味深く面白かったのですが、地球にもっとも近い天体である「月」についても、まだまだ解らないことがたくさんあるんだということを知り、あらためて宇宙の大きさというか天文学の壮大さみたいなものを感じました。

 また、私たちが知っている天文学史には、実はいくつもの間違った伝説のようなものがあって、本当のことを調べていくととても面白いというお話が第二部だったのですが、この部分については最後にご紹介している青木さんの新著「それでも地球は回っている~近代以前の天文学史」に詳しく書かれていますので、そちらをお読みいただければと思います。ちょうど、今日刷り上ったばかりだという本を持ってきていただき、私も一冊購入して読み始めました。

 最後は、今年7月22日に観測できる今世紀最大の皆既日食についてお話していただきました。東京からだと皆既日食ではなく部分日食(75%くらいの食になるそうです)しか見られないのですが、お隣の中国へ出かけていけば5分以上にわたる皆既日食を観測することができるそうです。私は皆既日食jを見たことはないのですが、これは、一度見ると虜になってしまうらしいです。

 まあ、いろいろとせせこましい世の中で暮らす私たちにとって、大宇宙に思いを馳せるというのも、楽しいものですね。

続きを読む "[イベント] ライブラリートーク:天空を視る・歴史を辿る・宇宙に遊ぶ" »

[メディア] やっぱテレビのPR効果はスゴイ

 今朝、フジテレビの「とくダネ!」で夏のボーナス商戦の特集をやっていて、その中で銀座のデパートと並んで紹介されていたのが、ニッセンが運営するオンライン・アウトレットモール「BRANDELI」でした。

 あまりの安さの紹介に、カミさんが「このお店どこにあるの?調べてよ」と言うので、「実店舗はないと思うよ。ネット通販専業でしょ。」と答えると、「ちょっとサイト調べてよ」と来たので早速ググってみました。さすがニッセン、ちゃんと検索結果トップにあがってきたので、ポチっ。
 しかし、出てきた画面は「Too Busy!」のエラー表示。う~ん、天下のニッセンでも捌ききれない量のトラフィックが集中しちゃうんだ。やっぱテレビのPR効果はすげ~な、と実感した次第です。

 で、ようやくつながって(重かったけど)サイトのトップページを見てみると、しっかし受け皿作ってあるじゃん。「テレビ初登場記念」のタイムセールだって。抜け目ないねぇ。

Ci090604090718

[雑話] 梅田望夫氏インタビュー記事に思う

 月曜日、火曜日と連載されたITmediaの梅田望夫氏へのインタビュー記事について、各所で話題になっているようですが、とりあえずこの記事を読んでみての私の感想を書いておきたいと思います。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0906/02/news062.html

Web、はてな、将棋への思い 梅田望夫さんに聞く(後編) (1/3) - ITmedia News via kwout

 そもそも、梅田さんに対する世間の認識と言うのは「ウェブ進化論」の著者で、シリコンバレーに住む将棋好きのコンサルタントという程度のものでしかないのではないでしょうか。

 「ウェブ進化論」自体はとてもよく書かれた本だと思いますし、当時すでに突入していた次世代インターネット世界のようなもの(端的に言えばweb2.0)に対して、日本人にも理解できるある一定の解釈を示したものとして評価しています。
 しかし、「ウェブ進化論」が「web2.0っていったい何だ?」というオジサンたちのバイブルみたいな形で売れてしまったことが、不幸の始まりではないかと思うのです。はっきり言って「web1.0」すらわかっていないオジサンたちにとっては、「ウェブ進化論」を読んだところできっと理解できなかったと思います。表現は悪いですが、梅田さんは最初から「頭の固いオジサンたち」や「志が低くバカな若者たち」は相手にしないというスタンスだったわけで、「ウェブ進化論」は新書として刊行されるべきではなかったのかもしれません。

 基本的に梅田さんの関心は「あちら側」にしかないのだと思うのです。「あちら側」というのは、ネットのあちら側という意味での先進技術と海のあちら側という意味でのシリコンバレーを指して言っているのですが、日本で「こちら側」の人たち(日本語ネットユーザたち)が生み出した「ネット文化」というようなものには、まるで関心がないのだと思います。
 ですから、彼のインタビューでの言論に特に目くじら立てる必要もないと思いますし、梅田さん自身がユーザとしてどっぷり浸かっているわけではない日本のネット社会について、あえてああだこうだと細かくコメントすることを避けるのは当然でしょう。まあ、だったらはてなの取締役をやっている意味はなんなんだろう、とは思いますけどね。

 いろんなメディアに関わる「文化」というものは、ラジオ文化、テレビ文化、雑誌文化、マンガ文化・・・もネット文化も同じでね、ユーザ(オーディエンス)が作り上げてきたものだと思うんですよ。よくマスメディアの制作者(テレビ制作者とか雑誌編集者とか)には、そうしたメディア文化は自分たちが作ってきたと自負している人が多いんですが、それは思い上がりだと思いますね。同様にネット文化についても、いろんなテクノロジーを開発して提供している「あちら側」のエリートたちが創ってきたのかと言うと、私はそうではないと思っています。そのあたりを梅田さんには理解できないんだろうな。

 テレビを見たり、マンガを読んだり、ネットに耽ったり・・・良くも悪くもそういうバカと暇人がメディア文化を創ってきたんですよ。オーディエンスのいないメディア、ユーザのいないネットなんて何の意味もないでしょ。そういう「大衆」が作り上げた「文化」をバカにすると、ビジネスだってうまくいかないと思いますよ。

 だからね、日本のネットの中に身を置かない梅田さんには日本のネットについて語って欲しくはないし、ニュースしか見ない池田信夫センセイにテレビについて語って欲しくないんだな。
 もう少しみんなメディアを「文化」として考えたときにどうなのかってことを議論すべきだと思うんですよね。われわれ一般生活者にとっては、制度とか技術とかそういうものより文化のほうが重要だと思うのですがね。

続きを読む "[雑話] 梅田望夫氏インタビュー記事に思う" »

[イベント] ライブラリートーク:ウィンドウズ成功の戦略を使いこなす

 今夜はアカデミーヒルズ六本木ライブラリーで、トム・サトウさんのライブラリー・トークを聞いてきました。

 トム佐藤さんは、元マイクロソフトウィンドウズプロダクトマネージャーをされていた方で、今年1月に「マイクロソフト戦記」という新書を出していらっしゃいます。今夜の話は、この本の中からいくつかのキーポイントを抜粋して、MSウィンドウズがいかにして世界標準のパソコンOSとなったかという説明でした。

 さて、佐藤さんがあげた3つのキーポイントとは、

  1. ブレストセッション
  2. キーワードマッチング
  3. デベロッパーズリレーションズ

 まずは「ブレストセッション」から。1980年、IBMが「Project "Chess"」と呼ばれるパーソナルコンピュータの開発に乗り出します。そのとき新しいハードウェアに搭載するOS(オペレーティングシステム)とプログラミング言語を必要としていたため、マイクロソフト社に提供を打診するも、プログラミング言語(BASIC)はOKだがOSは無理とビル・ゲイツは他社(CP/Mを開発していたデジタルリサーチ社)を紹介するのだが、IBMはCP/Mの供給を拒否されてしまうのです。
 そこで、IBMに泣きつかれたマイクロソフトが1980年9月21日に行ったのが、伝説のブレインストーミングです。参加者はビル・ゲイツ、西和彦、ポール・アラン、スティーブ・バルマーの4名。ビル・ゲイツはOSの自社開発しか頭になかったので「さあ、困った。どうしよう。」となったわけですが、残り3人の絶妙な取り合わせのメンバーを集めてチームを作ったところが異才と呼ぶべき彼のセンスだったわけです。アスキーの西さんは、それまで自分が経験してきたビジネスモデルから「一から自社開発する必要はなくライセンス供与をしてもらって他社製品をベースに作ればいい」と即座に答え、全米の最新技術動向に詳しいポール・アランは「それならシアトルコンピュータプロダクツの86-DOSのライセンスを提供してもらおう」と交渉に乗り出し、スティーブ・バルマーは「その線でIBMを説得できる企画提案を書こう」と応じたのです。そして、たった1週間で話は進み「IBM-PC x MS-DOS」というシナリオができあがったそうです。

 佐藤さんが挙げた「ブレスト成功の法則」は、つぎの3点です。

  1. 経営者は(ひとりで解決しようとせずに)チームのノウハウを使うべき
  2. メンバーは少人数のキーパーソンだけで十分
  3. 部外者の参加は効果的

 さて次は「キーワードマッチング」ですが、MSウィンドウズの仕様についてのキーワードとなったのは「GUI、デバイス・インディペンダンス、マルチタスク」だそうですが、それらがPCメーカー、周辺機器メーカー、ソフトメーカー、ユーザのそれぞれが重要視するキーワードとうまくマッチしたために、ウィンドウズは世界標準の地位を得られたということです。それぞれがどのようにマッチしたかというのは、考えればすぐわかると思いますのでここでは省略しますが、共通のキーワードが見つかるところに成功するビジネスが生まれるということですね。

 佐藤さんが挙げた「キーワードマッチングの法則」は、つぎの3点です。

  1. キーワードはターゲットが理解できなければならない
  2. どれに反応するかわからないので、複数のKWを持つ必要がある
  3. ターゲットが考えたことのないキーワードでもかまわない

 最後のキーポイントは「ディベロッパーズリレーションズ」ですが、これは簡単ではないですね。マイクロソフトはウィンドウズに関わるすべてのハード、ソフトに対して互換性を保つために全ディベロッパーをサポートするスキームを作っているそうですが、ディベロッパーズリレーションズに必要な条件として、1.誰でも参加できる、2.儲からないと参加しない、3.きちんとしたサポートが必要という3点を挙げていました。
 具体的には、APIの公開、SDKの提供、カンファレンス等イベントの開催などになるわけですが、単にAPIを公開すれば良いというものではなく、MSウィンドウズがスタンダードプラットフォームとして認められたのは、ディベロッパーへのきちんとしたサポートを永続的に提供できる組織を構築してきたからであり、それには莫大な費用もかかるし簡単なことではないと言うことでした。

 詳しい内容は、トム佐藤さんの本を読んでいただくとして、あらゆる業界においてスタンダードプラットフォームを築いた企業は優位に立てるということ、しかしそれを維持するためには大きな努力が必要ということでしょうか。

[雑話] サントリーオールド・サウンドキーチェーンを入手

 以前のエントリーで紹介した、サントリーオールドのキャンペーングッズ「サウンドキーチェーン」をとうとうゲットしました。
 先週の金曜日にスーパーへビールを買いに行ったら、なんとオールドのネックにあのスンドキーチェーンが掛かっているじゃないですか。キャンペーンはもう終了しているはずなのに、まだ在庫が残っていたんですね。もちろん速攻買っちゃいました。サントリーオールド1,680円也。

 これ、ホント欲しくなっちゃいますよ。最近は角瓶の「♪ウィスキーはお好きでしょう」のサウンドキーチェーンもあるようですが、やっぱり「夜が来る」が格別です。しかも、これをゲットした人たちがどんどんYouTubeに動画をアップしていて、宣伝効果抜群です。思わず動画を見せびらかしたくなりますね。

 正直言って、サントリーオールドという商品自体は、自分の中ではオワテイル商品なのですが(実際、水割りという飲み物を飲まなくなってから、まったく意識の中から消えていました)、このキャンペーンで大復活ですね。う~ん、美味くないのに上手いぜ、サントリー(笑)。やられました。

関連エントリー:[雑話] 刺さるPOP